ヨークベニマル取手戸頭店がオープンしたのは2019年7月のこと。
同店は茨城県の南端に位置し、またそれはヨークベニマルの出店エリアの南限であり最前線を意味する。
知名度も低くライバル店がひしめくアウェーの地で、ヨークベニマルの新たな挑戦がはじまった。
福島県を中心に数多くの店舗でキャリアを積み、2015年に店長に。今回の新店オープンは店長として初めての経験。プロジェクトではリーダーとして中心的な役割を果たす。
※インタビュー内容は取材時のものです。
店舗で8年間経験を積み本部へ。マーチャンダイザー、スーパーバイザーというキャリアを経て、2016年に現部門。プロジェクトでは本部スタッフの一人として販売促進戦略を担う。
※インタビュー内容は取材時のものです。
店舗の精肉部門を3年間経験した後、学生時代に学んだ建築の知識を活かして開発室に。プロジェクトでは同じく本部スタッフとして、商業施設の店舗や駐車場の施設設計を担当する。
※インタビュー内容は取材時のものです。
茨城県の南端に位置する取手市。水と緑に恵まれたのどかな風景が広がる一方で、東京から40分ほどと首都圏に近く、近年は利便性に優れたベッドタウンとして注目を集めている。その取手市の西部、戸頭地区にヨークベニマル取手戸頭店が新店オープンしたのは2019年7月12日のこと。
同店の店長を務める植田が初めてこの新店プロジェクトの情報を耳にしたのはオープンから1年半ほど前、2018年春のことだったという。数多くの店舗で経験を積み上げてきた植田は当時、福島県の植田店で店長を務めていた。ある日、ゾーンの店長会議で茨城県での新店開発プロジェクトが話題にのぼった。
「店長は誰がやるのだろう?」
「誰が務めるにしても、これは難しいプロジェクトだぞ……」
というのも、東北をホームグランドにするヨークベニマルにとって、茨城県南部は完全なアウェーの地。知名度も低ければ競合店も多い。植田はその大役をまさか自分が担うとは想像もしていなかった。だから、店長の内示を受けた時、正直不安の気持ちも大きかった。
2018年8月初旬、植田は開店準備に向けて取手市に赴任する。初めて建設予定地に立った時、不安な気持ちがすっと消え去り、ふつふつと闘志が沸いてきた。
「よし!この真っ新な土地に自分が理想とする店舗を創り出してやろう」
「これは手強い。でも、面白くなりそうだな」
プロジェクトの概要を聞かされた時、販売促進部の笠原は思わずこうつぶやいた。
プロジェクトは、店長を務める植田をリーダーに、本部のスタッフたちがサポートする形で進んでいった。その一人が、店舗のPRや販促を担う笠原だ。
知名度の低いアウェーの地であることに加えて、同店の出店にはもう一つ厳しい条件があった。
関東大手のA社の店舗が近隣にあり、強力なライバルになると見込まれていたのだ。
A社は、笠原達がチラシづくりなどで常々ベンチマークとしてきた会社。それだけにチャレンジしがいのあるプロジェクトだ。
本部からプロジェクトに加わったもう一人のメンバーが開発室の中島である。店舗や駐車場のレイアウトなど施設設計を担った。ヘルメットを被り現場に立ち、店長の植田と一緒に設計図面をにらみながら、プロジェクトを具現化していった。
暑い夏が過ぎ、秋が深まるとともにプロジェクトは加速していく。10~11月、近隣の市も含む大規模な市場調査を実施。同じく11月には各部門を担うマネジャーたちが着任する。デイリー、グロサリー、青果、鮮魚、精肉……。いずれも精鋭揃いだ。店長の植田は、このような体制づくりを進めるとともに、近隣エリアばかりでなく東京都内の店舗にも頻繁に足を運び、自らの感性で情報を集積していった。
年が明けて2019年1月。新店づくりに向けて全社的なミーティングが開催された。社長をはじめ幹部が勢揃いする中、植田は熱い想いを込めながら新店の企画をプレゼンテーションした。随所に盛り込まれた斬新な企画の中でも注目を集めたのは、新提案となる「レンジアップ」や「フレッシュミートキット」の売場だった。
肉や野菜、調味料など必要な食材をワンパックにした、美味しいひと皿を簡単に作れる商品である。これらの商品を都内のスーパーマーケットで見つけた植田は、「これはいけるかも。取手戸頭店のお客様は若いファミリー層が多い。必ずニーズがあるはずだ……」と考えた。
問題は価格だった。それらの商品につけられた980円といった価格は、長年現場で培ってきた植田の感性を基準にすると高すぎる。そこで植田は、店内に専用スペースを確保し、商品の加工を自分たちで行う仕組みを考えついた。ヨークベニマルはおろか、全国のスーパーマーケットでもほとんど前例のない企画。実現されれば、ライバル店との差別化の大きなポイントになるはずだ。
売場のレイアウトからバックヤードの構成、リサイクルステーションなど設備の位置……。店舗開発の中島たちは、店長の植田の想いを具現化するために、タイトなスケジュールの中、設計の細部までこだわった。
「店長、駐車場の南側入口はもっと広く、ゆとりをもたせるべきだと思います」
中島の熱を帯びた視線は店舗ばかりでなく、駐車場にも注がれた。
商業施設側のオーナー様と一緒に商圏の特徴や道路状況を分析し、施設の配置や出入口の位置を細かく設計するなど、場内の一つひとつの導線をつめていった。
販促の笠原も、新しい戦略にチャレンジしていた。市場調査の結果、商圏には予想以上に若いファミリー層が多いことがわかった。この顧客層は新聞の購読率が低く、スーパーマーケットの販促における中心的なツールであるチラシが届きにくい。さて、どうするか……。
笠原達が着目したのは、ヨークベニマルではまだ蓄積の少ないSNSをはじめネットメディアを駆使したアプローチだ。
セブン&アイ・ホールディングスの電子マネーであるnanacoとLINEを連動させたキャンペーンを企画。
さらに、スマートフォンの位置情報をもとに広告配信を行う手法を採用した。これもヨークベニマルとしては初の試みだ。
一方、チラシでは、認知度アップに狙いを絞り込み、オープンの告知と店名を大きく中央に配した、大胆かつ洗練されたデザインを採用した。これまでの業界の常識で考えるなら、型破りともいえる企画だ。
そこまで持てる力をすべて注ぎ込んでも、笠原は確信が持てなかった。その不安な気持ちは中島も、そして店長の植田も同じだった。無理もないだろう。ヨークベニマルにとって未体験の連続ともいえるプロジェクトなのだから……。
オープン1週間前の7月5日、開店準備に追われる取手戸頭店の事務所の電話が立て続けに鳴った。「オープン日はいつなのですか?楽しみにしています」。その日に配布した事前告知のチラシを見たお客様からの電話だった。「よし!これはいけるぞ」。植田の心は高まった。
そして2019年7月12日、ヨークベニマル取手戸頭店はいよいよオープンの日を迎えた。
「もう駐車場は満車です!」
「ドア前のお客様の行列も増えています」
開店前の最終チェックで店内を歩く植田のスマートフォンに中島や笠原から弾んだ声の報告が次々入った。午前9時、開店。入店するお客様の流れはとぎれることなく、店はすぐにいっぱいになった。植田は、入口の脇に立ち、お客様に挨拶の言葉をかけながら、熱い想いがこみ上げてきた。ひと息ついて、行列の整理を手伝っていた笠原と目が合うと、彼の目も潤んでいた。
中島は駐車場に立ち、お客様の動きを見守っていた。自分たちみんなでプランニングした導線どおりに、家族連れが楽しそうに店内に入っていく。その様子を見てほっとするとともに、じわじわと心地よい達成感がこみ上げてきた。
その気持ちは同店の約90名の従業員、プロジェクトに関わった本部の社員誰もが同じだっただろう。
あれから1年が経った2020年7月、同店はオープン1周年のキャンペーンを実施した。この1年間、いくつかの課題が浮上し、同年4月には外出自粛など前例のない緊急事態にも直面したが、その歩みは順調だ。知名度も高まってきた。しかし、プロジェクトはまだ第一歩を踏み出したばかりといえるだろう。
すでに紹介したとおり、同店は茨城県の南端にあり、それはヨークベニマルの出店エリアの南限も意味する。店舗からクルマで3分も走れば、ヨークベニマルにとっての未踏の地、首都圏となる千葉県だ。新たな市場を視野にとらえながら最前線に立つのが取手戸頭店なのである。プロジェクトはこれからが本番だ。